◆ 開催月日 2016年(平成28年) 5月21日(土)~22日(日)
◆ 会場 須賀谷温泉、小谷城跡
◆ 参加者 12名
◆ 内容 懇親会
このクラスは昭和39年卒のことから、会の名前を “燦久会” と称している。当然、”Thank you”の意味があると、皆が考えているものと勝手に思っている。
卒業以来各幹事役が熱心で、何年おきかにクラス会が開かれている、その時ごとにいろいろと、遠くからのメンバーも入れ替わって参加している。年を重ねて、変化の兆しの出てきた顔つきと同様に、どんな仕事に、係わっているかにより、生きざまもいろいろあって、話題も多彩でにぎやかである。
もともとこの建築教室へ入学した人達は、北は北海道から、南は九州の島に至るまで全国区から集まっていて、地元の滋賀県生まれの学生はクラスの1/5くらいしかいなくて、当時、短大から4年制への移行の話が県議会で出たとき、他府県の若者に県の税金を使って教育しているのか、と発言した世の中を知らない、器量の小さい議員もいたくらいだから。
それまでは散発的であったが、55歳を過ぎた頃より、2年間の空白のときもあったが、ほぼ連続して開催されている、親密度の高い燦久会である。
今回の計画・実行委員は峰崎聰明君で、近くに在住の、以前からクラス会に熱心な一人である広瀬威士君が経験豊かな相談者となって、バックアップ役となってもらったそうだ。今回の日時は 平成28年5月21日(土)~22日(日)であった。
テーマは「須賀谷温泉にての楽しい語らいと新緑の小谷城跡他 旧跡ミニ探訪」であった。
5/21 14:00JR米原駅集合 → 渡岸寺観音堂十一面観音の拝観 →小谷戦国資料館にて、「その後の生きざまからすると、浅井長政とお市の方は心深く惹かれていたことは間違いない」と、博識のガイドの説明を納得いくまで受ける → 小谷城番所にてテレビドラマ放映記念のでっかい兜を見る →須賀谷温泉 宿泊。
宿での宴会は、52年前、20歳になるかならいないかの、いまから思えばまだまだ頼りない面々が、まるで、これからの日本の建築界を引っ張って行くんだ、との意気込みで、未来に希望を抱き、好き勝手に青春を楽しんでいた、あの短くても良き時代があったことを思い出し、それらの懐かしい話題で盛り上がった。反面、音信が無くこの会に来ていない方のことを勝手に、心配してみたりして夜が更けた。
5/22 朝、温泉旅館からバスで登り口まで送ってもらって、小谷城本丸跡まで軽装のまま山登り、「ここなら相手に攻められても守りは大丈夫、しかし浅井3姉妹はどの道から助け出されたのか?」と、足下を気にしながら帰館し、昼食。
午後は小堀遠州の菩提寺で遠州流庭園のある近江狐蓬庵で「大海と西方極楽を表現した庭」の説明をうける → 浅井道の駅 → 姉川古戦場跡 → JR米原で
来年を楽しみに解散した。